アース製薬

事業基盤を支える、多種多様な虫の飼育技術と研究

赤穂研究所では、製品開発や生態研究に必要な実験用害虫を育て管理しており、その種類は100を超えます。害虫の研究所としては他に類を見ないほど規模が大きく、ここで蓄積された知見やデータは外部教育機関等の研究発表にも役立てられています。四半世紀以上にわたり虫の飼育に専念し、『きらいになれない害虫図鑑』という著書も出版している 研究開発本部 研究部 業務推進室 学術推進課 マイスター 有吉立が、当社製品の基盤を支える「虫の飼育技術」についてご紹介します。

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虫ケア製品の開発には虫が不可欠

 私たちは一年中、虫を飼育し、研究しています。虫は生きていますので、工場で製品を生産するのと違い、稼働が少ない時期にたくさん作っておいて保管しておくということができません。冬になると多くの虫は野外で見つけることは困難ですが、製品開発や実験に応じて、必要な虫を必要なタイミングで必要な量をすぐに提供できるようにしておかなければなりません。また、研究所においては虫の状態を同じにする必要があります。なぜなら、虫の大きさや重さによって薬剤の効き目が異なってくるからです。正しい実験結果を得るためには、虫の状態による違いを極力減らさなければなりません。一年を通じて同じコンデション、同じサイズの虫を飼育するということが最も大切なミッションであり、この研究所の生命線です。
 当研究所は、害虫の種類、数ともに、国内外をみても最大級と自負しています。

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多種多様な虫それぞれの習性にあった飼育室

 虫は夏場に頻出することからも分かるように、高温多湿の環境を好みます。温度は25~28℃、湿度は50~80%を保っています。日照時間にも気を配ります。たとえばゴキブリは夜行性なのですが、ずっと真っ暗にしておけばいいかというとそうではありません。四六時中、真っ暗にしていたことがあったのですが、卵を産む量が少なくなってしまいました。ずっと暗いだけだと、それが暗いのか明るいのか識別できないのです。それに気づいて以降は、半日ごとに明るさと暗さを切り替えて日長管理をしています。
 このように、それぞれの虫の習性に合わせるために虫ごとに小さな部屋をたくさん作って飼育しています。

虫の抵抗性に対する研究が製品開発にとって重要

 虫は同じ薬剤を使い続けることで、抵抗性を持ったものが出現します。当飼育施設では、抵抗性を持った虫も飼育をしています。
 いま問題となっているスーパートコジラミは、1万倍ぐらい既存の薬剤(ピレスロイド系薬剤)に対する抵抗性を持っています。そのため、一般に使用されているピレスロイド系の薬剤ではもう効き目がありません。私たちはそうした抵抗性をもつ虫にも対応できる製品を日々開発しています。そのためにも、薬剤に対して抵抗性がついている虫と、抵抗性がない虫とで製品の効き目を比較する必要があるのです。

気候変動など外部環境によるリスクと機会

 温暖化によって気温が上昇すると、今までは生息できなかった害虫が生息範囲をひろげることになります。たとえば、ネッタイシマカは、現在の日本では冬の低温を越せないため常在していません。しかし、温暖化が進むことで日本の冬の気温が上昇し、ネッタイシマカが生息できる環境がひろがる可能性があります。事実、最近では、飛行機で海外から国際空港に侵入してくる事例が相次いで確認されており、季節がよければ一時的に繁殖もしているようです。ネッタイシマカは薬剤の抵抗性をもっているものも多くおり、さらに多くの感染症を媒介します。当飼育施設では、ネッタイシマカへのリスクに対応できるよう、飼育を行っています。

貴重な飼育データを教育機関へ提供

 当社ではナメクジに対処する製品も出していますので、ナメクジも飼育しています。しかしナメクジを研究している人が少ないという事情もあり、そもそもナメクジの飼育方法がどこにも載っていませんでした。そこで。そもそもナメクジは何を食べるのか? ということから試行錯誤しました。ナメクジは野菜にくっついているイメージがあるので野菜を食べていると思いきや、野外環境では小さな虫の死骸や虫の卵なども食べていることが分かりました。つまりタンパク質を摂取しているのです。それまでは野菜は食べるものの、体サイズが大きくなるのにとても時間がかかり、試験のペースに合わせて飼育できないという課題がありました。それが、タンパク質の成分が含まれる粉末の餌を与えると、生育が3倍くらい早くなったのです。
 そうした現場での飼育プロセスからデータを取り、学会で発表したこともあります。ナメクジの研究データは少ないこともあり、大学などの教育機関からも重要なデータとして認めていただきました。

害虫でも、その生態を知れば怖くないことを発信

 私自身はもともと虫がすごく苦手でした。ただ観察するのは好きだったので、まったく飼育方法が分からない虫たちをよく観察して、うまく飼育できるように試行錯誤をすることは好きでした。そのように日々、虫に接しながらその生態を知っていくにつれて、虫について正しい知識があれば怖がらなくていいんだと気づきました。虫そのものは悪いことをしているわけではないのです。ただ、アレルギーや感染症の媒介など人間にとって害を与えるものがいるので、そうした虫は正しく駆除する必要があります。けれども、ひとくくりに「殺虫」するのではなく、害を及ぼさない虫については放置しておいてあげられるとよいのでは、と個人的には思います。私の周りにも虫が嫌いという人は多いので、そうしたことを伝えていきたいですね。
 『きらいになれない害虫図鑑』という本を書かせていただいたのをきっかけに講演会に呼んでいただくことも増えました。そこでも、対処が必要な虫に対してだけは正しくケアして自分の身体を守りましょう、その他の虫は放っておいても大丈夫ですよ、と伝えられることを嬉しく思っています。

人と虫、どちらにとっても快適な「共生」を目指して

 蚊を例にとってみても、蚊の幼虫であるボウフラは水をきれいにしてくれますし、蚊の成虫は血だけでなく花の蜜も吸っているため、結果的に植物の受粉の手助けをして生態系バランスの維持に貢献しています。そんなふうに虫を通じて、環境や生物多様性への興味をひろげていく役割を当社が担っていけたらいいですよね。そうした想いから、この研究所の見学を受け入れたり、学校への出前授業を行ったりもしています。また、他の研究機関等に研究用や撮影用の虫を分譲することもあります。
 多様性とは、より深く知ること。何も知らないでやみくもに排除したり干渉したりせず、存在を受け止めて共生していくことではないかと思うのです。人にとっても、虫や生物にとっても、それぞれの快適さがあります。人を含むすべての生き物が「地球を、キモチいい家に」するために、アース製薬の製品があります。私たちの飼育技術と、そうして飼育された虫たちによる精緻な実験ができるからこそ、当社の企業活動が成り立つと自負しています。

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