アース製薬

森林と水、安心・安全な暮らしを守る生態系保全の取り組み

アース製薬では多様な人財が、それぞれの専門性を活かし、人と生き物にとって安全で快適な生活に貢献しています。森や生態系のみならず、私たちの暮らしや文化を守ることにつながる「ナラ枯れ」対策について、長年にわたり研究や商品開発に取り組んできたストーリーを、研究開発本部 研究部 技術開発室 上田松太郎がご紹介します。

森林と水、安心・安全な暮らしを守る生態系保全の取り組み

ナラ枯れがおよぼす被害、なぜ対策が必要か

 近年、カシノナガキクイムシによるナラ枯れの被害が拡大しています。ナラ枯れが発生すると森林の保水力が低下し、自然災害の被害拡大や水質の低下などの自然破壊が引き起こされるだけでなく、生物多様性が育む生態系サービスの損失が危惧されています。
 ナラ枯れは、カシノナガキクイムシ(以下、カシナガ)が媒介する病原菌(以下、ナラ菌)によりナラやシイ、カシなどの樹木が集団枯死する伝染病です。雌のカシナガは、樹木の内部へ侵入し(この孔が穿入孔)、産卵をします。そのさいに、カシナガが持ち込んだナラ菌に対し、樹木はナラ菌が樹体内に拡がらないように通水機能を遮断するといった防御反応を示します。大量のカシナガが侵入すると、この通水機能を失った変色域が拡がり、根から吸い上げた水が葉に届かなくなって枯れてしまいます。被害を受けて枯死した1本の木には、数百~数千もの穿入孔が見られ、翌年には1穿入孔あたり数十から数百頭が羽化脱出します。したがって、一本の木から数万頭が羽化することもあります。繁殖材料(大径木、衰弱木、倒木等)が豊富に存在すれば、カシナガは数年間でその個体数を爆発的に増やすことができます。カシナガは体長5mm程度の小さなキクイムシですが、被害の拡大が著しいことから、森林病害虫等防除法で法定害虫に指定されています。
 ナラ枯れを放置することによって倒木の危険性が高まります。過去にはキャンプ場で夜中にナラ枯れにより枯死した木が倒れ、テントで寝ていた人が亡くなるという人的被害が起きました。ナラ枯れは単独の木ではなく、10本20本という群生した単位で発生します。ナラ枯れによって一気に木が失われてしまうと山林の保水力が低下し、自然災害の被害が拡大しやすくなります。またドングリが実る木にもナラ枯れが発生するため、野生動物の餌となるドングリが減少し、人里に野生動物が下りてくることが増えます。それによって農業被害や人的被害が増加してしまうのです。さらには自然豊かな日本独自の景観を損なうことも危惧されています。このようにナラ枯れとは単に山の木が枯れるだけではなく、私たちの生活に重大な影響をもたらす環境問題であると言えます。

ナラ枯れがおよぼす被害、なぜ対策が必要か
薬剤を使わない捕獲シートでナラ枯れを守る

薬品を使わない、粘着技術を活かした研究開発

 アース製薬は、当社製品である「ごきぶりホイホイ」の粘着技術を応用し、カシナガの捕獲を目的とした「かしながホイホイ」を製品化しました。また、「かしながホイホイ」が使用し難い、曲がっている幹や根の張った地際への処理に適した噴霧処理剤「カシナガブロック」も開発しました。どちらも殺虫・農薬成分を使用していないため、他の虫や動植物に悪影響を及ぼしません。生態系の保全や水の安全性といった観点から、山林においてはみだりに薬品を使わないよう心がけています。
 実際に「カシナガブロック」は、滋賀県との共同研究で琵琶湖の水質が汚染されないよう殺虫剤や農薬を用いないナラ枯れ対策として開発した商品です。「かしながホイホイ」は、アース製薬独自の粘着技術が活かされており、雨や風にさらされても粘着力は落ちません。鳥などが誤って捕獲されないようネットを併用して取り付けたり、木に巻き付ける期間もしっかり区切って、できるかぎり他の虫が捕まらないような配慮をしております。

ナラ枯れ対策が防災・減災にもつながる

 日本は国土の約7割を森林が占めており、森林の生態系から多大な恩恵を受けています。雨水が土壌に浸透することにより、河川水が浄化され、川や海へ栄養分が供給されます。地下水の涵養だけでなく、雨水が河川へ流れ込むのを遅らせるために洪水の緩和にも貢献します。また、木の根がしっかりと張ることで土砂災害の防止にもつながります。森林が、安全な水や防災とつながっていることは、実はまだあまり知られていないことかもしれません。けれども気候変動による異常気象で毎年、大雨集中豪雨による土砂崩れで甚大な被害が出ていることからも、ナラ枯れをくいとめることで森林や山の保水力を保ち、それがわたしたちの命や暮らしを守ることにつながっているのです。

「サントリ―天然水の森」を守るパートナーシップ

 「水と生きる」と謳うサントリーホールディングス株式会社は、”水と育む森づくり”として「サントリー天然水の森」活動を日本各地22カ所で展開されています。その森の中にも、ナラ枯れへの対応が必要な森がいくつかあります。水の安全性や水質保全の観点から薬物によって燻蒸する方法は採用せず、カシナガの新成虫が飛散するのを防ぐために当社の「かしながホイホイ」が採用されています。
 サントリーは非常に「水」を大事にされているので、採用されるまでには数年かけてウィスキーやワインセラーの近くにある森林で試験を繰り返し、最終的に「これなら大丈夫」と認めていただき導入につながったのです。
 当社の製品は、シートタイプの「かしながホイホイ」だけでなく、噴霧タイプの「カシナガブロック」もあります。一口に、ナラ枯れの被害対策といっても、お客様の森や森林から受ける恩恵は異なります。サントリーでは、森を守ることで守られる水の安全性や水質保全に貢献できたと考えています。

「サントリ―天然水の森」を守るパートナーシップ

観光・文化遺産の保全のために自治体と連携

 森林には生態系のサービスを維持するだけでなく、豊かな景観を形成し、育むという側面もあります。とくに地方自治体においては観光資源や、その地域のシンボルやそこに暮らす人々の心のよりどころを守ることにもなるのです。
 兵庫県赤穂市の坂越(さこし)湾に浮かぶ国の天然記念物・生島(いきしま)で、手つかずの原生林がナラ枯れの危機にさらされた際に、かしながホイホイを使っていただきました。同じく兵庫県南あわじ市にある諭鶴羽(ゆづるは)神社では、敷地内の県天然記念物「アカガシ群落」をナラ枯れの被害から守るために寄付を呼びかけ、集まった資金をもとに当社製品を活用していただき、ナラ枯れの被害が出た木にはカシナガを捕らえる粘着シートを、健康な木には侵入を防ぐためのネットを巻く対応が行われました。
 さらに山梨県の山中湖村では、ナラ枯れが起きたらどのように対応するかというフローチャートを作成するのに加え、被害を受けていないナラ類の木を守るための「ナラ枯れ予防資材」として当社の粘着シートを配布していただいています。
 木を枯らさずに森林を保つためには、山林内におけるカシナガの生息密度を下げなければいけません。しかし山は、国や地方自治体や個人など権利者が複雑に入り組んでいるために、ナラ枯れの早期対応ができず蔓延を引き起こしてしまうことが少なくありません。ナラ枯れの被害は、日本全国に広がりつつあります。地方自治体単体の取り組みではなく、国を挙げて、ナラ枯れを拡大させないための予防や初期対応として、当社の製品や知見を活用していただけたら幸いです。

カシナガホイホイを設置する風景

カシナガにも、人や他の生き物と同じ「生命の営み」がある

 カシナガの雄は坑道の入り口で雌が来るのを待ち、雌が近づいてくると自分の坑道に案内し、雌が坑道を内見し気に入ったらカップル誕生です。雌の背面には菌のうという菌類の胞子をためる器官があり、ここにナラ菌(ラファエレア菌もいます。雌は菌を坑道内に持ち込み壁面で育て、それを餌とします。カシナガは養菌性キクイムシであり、木そのものを食べているわけではありません。穿入孔から排出されるフラス(虫糞と木屑の混合物)の形状から、繁殖の状況が判断できます。穿入孔に雄しかいない場合は繊維状ですが、カップルが成立し交尾後の雌が坑道を掘り始めると、雄が鞘翅端を使って運搬する際に押し固められて団子状になります。繁殖に成功し幼虫も坑道を掘り始めると、顆粒状(きな粉状)に変化します。穿入孔から樹液が流れている場合は、樹木の防御が勝り繁殖に失敗したことを意味します。
 カシナガは雌雄で同じ巣に同居し、家族ぐるみで子育てを行います。幼虫は終齢に達すると、兄弟のために分岐坑を掘削し、卵の運搬、菌類の培養を行います。そうして1つの巣から300頭以上(平均20~50頭)の新成虫が羽化脱出するのです。
 カシナガは森林に甚大な被害をもたらす害虫ですが、その生態に焦点を当てると、カシナガは木そのものを枯らそうと行動しているのではなく、人間と同様に家族をつくり子育てをする過程でナラ菌を持ち込んでしまうのだと分かります。カシナガを駆除の対象としてだけ見るのではなく、地球に暮らす生物の一部として、生態系を俯瞰する視点も研究者としては忘れないで持ち続けたいと思います。

森や自然環境を守る人々の力になりたい

 ナラ枯れが起きている木々は、かつて人間が生活するうえで燃料として必要としたために植えられました。技術の発達により、木を使用しなくても燃料を獲得できるようになり、燃料として不要になった木々は管理されないまま大木化し、森の生態系に組み込まれています。そうした森の生態系の中で、ナラ枯れは、これまでお伝えしたように、私たちの生活圏における人身事故や野生動物出現による被害、景観を損なうなどの社会問題を引き起こす一因となっています。
 はじめてナラ枯れについて話を聞いた時は、私自身も「そういう現象があるのか」くらいにしか捉えていませんでした。しかし商品の開発や研究をするうえで、森林組合の方々をはじめ森や木に携わる人々と話すうちに、彼らの思いに共鳴し、森を守りたい人々の力になりたいと思ったのです。今では、自然の急激な変化を緩和し、自然環境を維持するという使命感をもっています。
 自然は、いちど生態系が崩れてしまうと、すぐには元に戻せません。アース製薬が家庭用虫ケア用品のみならず、自然環境を維持する製品をつくっている会社ということを多くの人に知ってもらいたいのです。そして先ほどご紹介した「かしながホイホイ」は、世界中で起きているナラ枯れによる自然環境の急激な変化を緩和させるために有用です。森を守ることは重要な一方で、費用が掛かるため製品開発や導入を断念せざるを得ないこともありますが、「かしながホイホイ」の有効性や提供価値を国内外にむけて伝え、ひろめていきたいです。

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